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星になったあのお2人のこと… 2

2009.12.22

もう1人は、けやき食堂・マスター馬渕由夫さん。
ちょうど1週間前の15日の火曜日、マスターは永遠の旅に出かけてしまいました。


野田市斎場(千葉県野田市目吹7-1 電話047-122-3017)にて
昨日、18時よりお通夜が
本日、告別式が13時より行われます。


ばかうま!! :けやき食堂

お店のHPより【経歴】
17歳で調理師免許取得
調理技能士技術考査を当時最年少タイ記録で合格

日本関西料理師範代八木先生の門をたたく
2年間、日本料理の基本である追いまわし(調理場での最も下っ端)から修行

千葉県外房御宿、小池よりお声がかかる
1年半、調理のいろはを学ぶ

地元野田の炉辺焼きの主人よりお声がかかる
5年間、厨房を任される

先代父の下「けやき」にて、経営も含み学ぶ

平成8年より、「けやき」2代目主人として今に至る

この経歴にはバスケットボールのことは一切書いてないですが、むしろ私たち(B&M)とマスターとの出会いは
昨年の第一回WE LOVE BASKETBALL で参加してくれた選手たちにお礼に、けやき丼をふるまう
ということから始まったお付き合いでした。

安くて美味しい、超大盛りのお店として名高いけやき食堂にお願いにうかがった時もテレビ局のかたと話しこんでいて、最初は奥さんが対応してくれました。事前に話しは通っていたこともあり、私たちの思いを話すとあっさりと快諾をもらえました。すぐ、具体的に器の話や、材料のことの本題になりました。

お客さんの波が途切れ、マスターと初コンタクト。短い時間でしたが、バスケットに対する気持ち、バスケット部に在籍している息子さんたちへの愛情あふれるエピソードなどが、ズドドードンとストレート140km級の迫力で押し寄せてきました。なんだか、帰る時には力強い応援団を得た気分になり、これはもう成功するっきゃないとMさんと、得体の知れない確信と、うれしい予感に浸ったものです。


そのへんの話は、今年の夏号のBUBU'S EYEや、
けやき丼
けやき食堂に行ってきました
に書いてあります。



そして、今年のイベントが終わり、9月のはじめにマスターから提案したいとこがある、私たちからも提案がありますと、Mさんと2人、野田のけやき食堂に向かいました。それが、私自身がマスターに会った最後の日でした。
人が持つ力
はマスターのことだったんです。


この日マスターは左足を怪我して松葉杖姿でした。でも、いつものように元気はつらつでした。
私たちの提案は、今年はお店がある土曜開催だったので無理だったけれど、
来年日曜開催ならばまたけやき丼を作っていただけないか、というお願いでした。無論OK。


マスターからの提案は、地元野田を中心にWE LOVE BASKETBALLのようなイベントができないか
というものでした。昨年の第一回大会の時も、誰よりも興奮してイベントを楽しみ、目を輝かせていました。
TAMA&DAIのDAI君がけやき食堂から近い某大学の学生であり、その構内で練習しているところも見ていたとあって、ハーフタイムショーが終わってから、真っ先にDAIくんにダダダダっと駆け寄って話をしはじめていたくらいです。
もちろん、当ブログのコメント欄にも何度も応援メッセージの書き込みもしてくれました。



地元のミニバス、中学校、高校のプレイヤーたちに“本物”を見せてやりたいんだよね、と。
現状と熱い思いを語る語る。近いうちの実現を約束して、野田をあとにしました。


その時に今後の連絡用にと、携帯メアドの交換を奥さん経由でしたところ、“たまえちゃん”に名前がなっていました。あれ、これ奥さんのほうじゃないんですか? と確認したところ、間違いなくマスターのメアドでした。
マスターと奥さんがつきあいはじめたころ、マスターは板前の修業の身であるため、“い”がつかない(板前マイナスい)で“たまえちゃん”と名乗っており、その名前がいまなお2人の間では続いているとのこと。
熱血だけでなく、ほんわかした一面も持つたまえちゃんでした。


それから、約2ヶ月後のある日、Mさんからマスターが入院したとのメールが来ました。
えっ、足はまだ治ってなかったのかと、読み進むとどうも違う病で入院。
一時は意識あるけど反応しない状態に陥り、急遽、修学旅行中の長男くんも途中で帰ってくる事態となったものの、
その後持ち直したとか。まさかの出来事に息を飲みました。


Mさんが病院にお見舞いに行ったときは、山場は越えたような感じもあったそうですが、眠そうだったので早々に失礼してきたとの連絡。マスター本人が言うには、もともと肝臓が悪く、ちょっと診てもらおうとカメラを飲んでいる途中に意識を失ってそのまま3日間。気がついたら、病院にいたと。


ベッドに横たわったままでしたが、Mさんののことはわかって
「ここにバスケットボールがあればなあ、と。
ボールがあれば写真を撮ってもらうのに。このザマをブログの記事にしてくれ」
なんて冗談を言っていたようです。


だから、まさか、こんなにも早く旅立ってしまうなんて、思ってもみませんでした。
現実感がなく、慌ててリンク先の“ばかうま!! けやき食堂”にアクセスしました。
すると“本日(2009/12/15)より、2009/12/23までの期間休業させていただきます”旨のお知らせページのコメント欄をみて、あらためて悲しみが現実のものとして、ぐっと押し寄せてきました。


昨日のお通夜には参列できなかったので、Mさんに話を聞きました。
ものすごい参列者の人数で、駐車場もいっぱいだったそうです。
マスターの人柄でしょう。


祭壇の写真には、HPや店にも飾ってあった、あのコワモテ、キラーン光線を発している写真だそうです。
弔問客でごった返した斎場で、お焼香も順番待ちのロビーでDAI君が先にMさんを見つけて
「Mさん」と控えめな声、誰かと思ったらDAI君。
DAI君にはマスターは来てほしいだろうなと、私から連絡していました。


「何も知らなかったので、突然のことでびっくりしています。
以前お店に行ったときに手術をした話は聞きましたが、まさか重たいものだとは思ってもいませんでした」
年末のフリースタイル日本一決定戦を控えているのに、DAI君も最後のお別れをしてくれました。


お店は、24日から再開。奥さんとおばあちゃんで切り盛りするとか。
お子さんも高校生の息子・りょう君を筆頭、中学、小学生と3人います。



私たちでできることはなんだろうと考えてみました。
まだ、模索中ではありますが、できれば
来年のWE LOVE BASKETBALLでマスターの名前を冠したアワードを設定したいと思います。


最後にMさんからのリクエストで、you tubeから
ハナレグミ&忌野清志郎 サヨナラCOLOR をマスターに手向けたいと思います。




喪もあけてないうちの記事アップですが、お許しください。
明るい応援団長を失い、寂しいかぎりです。

合掌

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